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山中慎介選手 vs ルイス・ネリ選手
Shinsuke Yamanaka vs Luis Nery
- 2017年8月15日火曜日
- WBC世界バンタム級タイトルマッチ
- 王者:山中慎介(帝拳)vs同級1位:ルイス・ネリ(メキシコ)
- @島津アリーナ京都
試合結果
具志堅用高氏の持つ、ボクシング世界タイトル13回連続防衛の日本記録がかかった注目の1戦。
王者の山中慎介選手は、WBCが指名した同級1位でキャリア無敗の最強挑戦者、ルイス・ネリ選手に第4ラウンド2分29秒TKO負けを喫し、防衛に失敗。
山中慎介選手にとって、これがプロ初黒星となった。
試合は序盤から接戦の様相を呈し、「神の左」と称される山中選手の左ストレートの強打を誇る山中選手と的確なパンチと連打を武器とするネリ選手、両者のスタイルが噛み合うスリリングな展開。
何度か山中選手の良い左ストレートやフックが決まり会場には勝利の予感も漂ったが、それを打ち破るように第3ラウンド終盤から第4ラウンドにかけてネリ選手のコンビネーションが山中選手の顔面を突き上げ、ネリ選手が山中選手をロープ際に追い詰めて打ち合いとなったところで山中陣営からタオル投入。
セコンドがリングインしたところでTKOが宣告された。
試合動画
両選手のコメント
勝者:ルイス・ネリ選手
敗者:山中慎介選手
(ダメージは)自分自身としては大丈夫という意識だったが、セコンドを心配させたのは自分にも原因があると思います。
(ストップ直後は)まだやれるという考えはありました、パンチも初回から思っていたよりも当たったし。でも期待に応えることができなくて申し訳ない気持ちで一杯です。
(ネリ選手は)ジャブも思ってたより(距離が)遠くなくて、そんなにパンチを貰っているつもりは無かったんですが、周りからはどう映ったか分かりません。本当、これだけの多くの人が来てくれたのに申し訳ないです。(ネリ選手が)2ラウンドあたりから前に来た場面はあったけどパンチ力も感じなかったし、距離的にもあってきたと感じていました。入ってくるところに左も割と合わせやすいと感じていたし、左のタイミング自体も合ってた感覚はありました。向こうはワンパンチでどうこうするタイプじゃないのは分かったし、コンディション自体も悪く無かった。(試合前に見ていた)映像よりは戦いやすい印象がありました。4ラウンドはパンチをまとめられて止められたわけですから、それほど効いていなかったとはいえ、周りを心配させたのはあったと思います。もっと足を使って距離を取るとか色々と反省点はあったとは思いますが。ここまで防衛戦のたびにこれだけの応援団に来て貰って本当に申し訳ない気持ちです。
(今後のことは)今はなにも考えられないです、この試合のことだけを考えてやってきたので。
試合後、観戦した関係者や元王者からは次のようなコメントが出ている。
帝拳ジム会長:本田明彦氏
取り返しのつかないことをしてくれた。個人的な感情が入った最悪なストップ。
(通常タオルを投げる時は)相談がある。こんなことは初めて。
あいつ(大和トレーナー)はいいやつで優しいから。魔が差したんじゃないか。興行やビジネスというものを忘れてしまった。展開は予想通り。2、3度倒れても結果KOで勝つという。トレーナーも分かっていたはず。コンディションは最高だった。
帝拳プロモーション代表:浜田剛史氏
プロボクシング元WBC世界バンタム級王者:辰吉丈一郎選手(大阪帝拳)
集中力もあったし、いけるかなと思ったんやけど…普通なら勝てていたと思う。こういう試合だし、ほんの少しいい勝ち方をしたいという気持ちが出たのか、攻勢に出たところでいいパンチをもらってしまった。ええ格好したわけじゃない。それだけ具志堅さんの記録が偉大ということかな。
プロボクシングWBA世界ミドル級1位:村田諒太選手(帝拳)
タラレバがいっぱいあるけど、結果がすべて。けどタラレバを考えてしまう、やるせなさみたいなのが残った。(セコンドが割って入ったタイミングは)誰もよしあしをつけることはできない。(ラッシュを浴びた山中を)目は生きていたし、落ちていなかった。十何年も一緒にやってきて感情移入したと思う。
プロボクシングWBA世界スーパーバンタム級王者:久保隼選手
(高校の先輩の山中に)クリンチしたら…と思ったけれど、(正面から戦う)芯の強さがあったのかなと思う。憧れの先輩。最後まで戦う姿を見せてもらって、良かったです。
プロボクシングWBA世界ライトフライ級王者:拳四朗選手
プロボクシング元世界3階級王者:長谷川穂積氏
プロボクシング元世界2階級王者:粟生隆寛氏(帝拳)
プロボクシング元WBA世界ミドル級王者:竹原慎二氏
女子レスリング:吉田沙保里選手
ボクサーや関係者の意見として共通することは、
- 山中選手のジャブは良かった
- 勝負は紙一重の展開だった
という2点。
KJインプレッションズ
専門家の面々がジャブを評価しているのに対し、個人的にはジャブがあまり良くなかったと感じた。
確かにジャブはネリ選手を良く捉えていた。けれども、このジャブは素人目にやや単調でバリエーションに欠けて見えたし、それはジャブからのコンビネーションにあまり繋がらなかったことでも明らかだったように思う。ただ、ジャブを当てる事で攻撃のリズムは出てきていたとは思うし、それが単発ながらも何度かのクリーンヒットに繋がったのだと思う。
一方のネリ選手は、予想以上に強い選手だった。パンチを当てる技術が高く、しかも高確率で当てるそのパンチで1、2、3、4とコンビネーションを繰り出す。パンチの質は決して一撃必殺のハードパンチャータイプではないが、積み重ねれば倒せるだけの力はありそうだった。これが山中選手に対して効果的なプレッシャーとなっていたし、山中選手のパンチに体重が乗り切らなかった理由もネリ選手のプレッシャーに押された面があると思う。
そして、クライマックスとなった4ラウンドの山中選手は、それまで要所のクリーンヒットで食い止めていたネリ選手のプレッシャーを「遂に捌ききれなくなった」という感じがした。世界タイトルを獲るに相応しい選手だし、彼のスタイルはアメリカで人気が出るだろうと思う。
山中選手にとって改善すべき点はおそらくただ一つ。
何らかの方法で相手のパンチを被弾し難くすることだろう。
これまでの世界戦でも危ないシーンは少なからずあったが、自分を「倒れない・倒れ難い・倒れても立ち上がれる」と認識するうちに、相手のパンチを避ける勘や技術が鈍ってしまったのではないか。
これは衰えというよりも、油断の部類に入るものだと感じる。相手のパンチへの恐怖感に鈍くなると、防御そのものの必要性が薄れてしまう。
練習で叩き込んでガードを高くあげても、その拳と腕は攻撃ばかりを意識した使い方になってしまうのだと想像する。故にガードを上げても打たれてしまう最近の山中選手の状況が生まれているのではないだろうか?
実際には、山中選手が自ら思うほど打たれ強いわけではなく、これまでは被弾の影響が出る前に左ストレートで相手を仕留めることができただけだったのではないか。ネリ選手のようにパンチを的確に当てて連打できるタイプと対戦するならば、この課題は確実に対処しておく必要があるだろう。
ストップのタイミングは早過ぎたのか
世間でも議論となっているタオル投入のタイミングについては、賛否両論がある。この議論の土台として、ボクシングにおけるタオル投入のルールについて確認しておく必要があるだろう。
ボクシングに限らず打撃のある格闘技のほとんどに於いて、試合続行不可能と判断した自陣のセコンドが、リング内に白いタオルを投げ入れることで試合放棄を表明するシステムを採っている。この場合、記録上ではTKO(Technical Knockout)と表記されノックアウト負けとして扱われる。
但し、世界王座認定団体であるWBC(World Boxing Council:世界ボクシング評議会)はこのルールを採用しておらず、この試合ではレフェリーのマイク・グリフィン氏(カナダ)がタオルを投げ返そうとしたものの、大和トレーナーがリングに入ってしまった為、止むを得ずTKOを宣告したということのようだ。
プロボクシングの世界王座認定団体が乱立していることや、それぞれの団体でルールが異なる点についてのわかり難さについての議論は別の機会に譲るとして、少なくともWBCを選択した時点でリング上における全権をレフェリーに委ねることに合意していると考えるべきであって、視界の限定されているコーナーから試合に重大な影響を及ぼす行為を起こすことは決して許されるべきではない。
レフェリーの判断もまたプロフェッショナルであることを尊重しなければ、こうした興行は成立しなくなってしまう。
これらの事実を踏まえて考えると、大和トレーナーの行為がルールに反したものであった事は確かで、特に陣営の意思が統一されていない状況下にあっては、独断による勇み足であった感は否めない。その点に関しては、大和トレーナーのミスとして責められても仕方がないと思う。
別の視点として、試合前から大和トレーナーが山中選手のコンディションに関して何らかの危惧を持っていたのだとすれば、少し話が変わってくる。
この試合の公開練習の際、最近まで山中慎介選手が深刻なスランプ状態にあったことが伝えられている。この時点では、それをようやく脱して安堵しているという事であった。
しかし、大和トレーナーとしては山中選手がスランプを脱しきったという確信を持てなかったのではないか?
もしくは「この試合に勝って引退」という、決してハングリーとは言えないモチベーションでネリ選手には勝てないと感じていたのではないか?
だからこそ、連打を繰り出すネリ選手の背中越しに時折垣間見える山中選手が一方的に滅多打ちにされて、もはや危険な状態にあると思い込んでしまったのではないだろうか?
そうだとすれば、試合放棄の判断としては早過ぎることはあったとしても、遅過ぎることがあってはならないのは確かだし、事情を知る者にしか試合を止めることができなかっただろう。
山中選手の調子は本当に良かったのか
それならば何故、帝拳ジムは山中選手をリングに上げてしまったのか?
勿論、モチベーションの低下を理由に王者のまま辞める事は難しいし、まして日本記録のかかった試合をやらない選択肢は現実的に無いだろう。
でも、それなら余計に事前に「危なくなったら止める」という確認はしておくべきだったのでは無いだろうか?
個人的には、ここに最近の帝拳ジムに対して感じている「綻び」があるように思われる。
大和トレーナーは山中選手にとって、12回の防衛を共にしてきた厚い信頼を寄せるセコンドである。だからこそ、世間的には彼の判断を支持する声が多いのだと思う。「大和トレーナーの判断だから、そうなのだろう」と。
けれども、今回の試合では大和トレーナー以外に誰もあのタイミングでタオルを投入する意図を、理解して共有していた人はいなかった。
本当に強い信頼関係で結ばれた関係であれば、「試合中に少しでも危険を感じたらすぐに止めるたい」という会話があって然るべきだと思う。これは山中選手にも言えることで「本当にコンディションが良いし、この試合で勝てばそのまま引退することも考えてる」「挑戦者は勢いとパンチの回転力があるから前半は打たれることもあるかもしれないけど、後半に必ず勝機が出てくるし、最後かもしれないから絶対に止めないで」という会話をしておくべきだっただろう。
試合が終わってから「実は…」とお互いの本音を言い合うのでは、それこそ遅過ぎる。
そして、同じようなことが先日の村田諒太選手の試合にも当て嵌まる。衝撃の判定負けの後で「もっと手数を出させておくべきだった」と。
しかし、自分を含めて多くの人が「村田選手は的確に有効打を当てているが、手数が少な過ぎる」ことを危惧し、実際にその通りの結果となった。つまり、戦況を的確に見極めて判断を下す力やそれを共有するコミュニケーションが低下しているのではないか、という帝拳ジムの綻びを感じるのだ。
対戦する相手選手の実力が所属選手と比べて明らかに劣る場合には問題ないと思う。けれども、今回の試合のように選手同士が実力伯仲していれば、問われるのはチームの総合力である。そして、村田選手と山中選手は敗れたという事実がある。まずは、帝拳ジムのトレーナー陣で最近の世界戦で起きたミスをしっかり検証して再発防止策を講じ、他にも起こり得るミスに対して予防措置を講じてほしい。少なくとも村田選手の再戦の前に、だ。
揺れる進退
山中選手は一度しっかりカラダを休めて、自分だけでなくセコンドを含めてチーム山中としてもう一度世界戦に勝てる状態にできるかどうかをよく見極め、進退を決してほしい。
おそらく気持ちの上では、このまま辞めることが難しくなってしまったと思う。
しかし、後悔なく全力を出し切って満足するためだけにリングに戻るならば、個人的には反対したい。
一昔前とは異なり、再び戴冠するためにあらゆる事をやり、あらゆる事を想定しないと、現在の世界戦を勝ち抜くことは難しい。それがネリ選手との再戦であれば、特に難しいと思う。
追記:練選手のドーピング検査について
この記事を書き上げる直前に、ネリ選手のドーピング検査の検体が陽性反応を示したというニュースが飛び込んできた。
それがこの試合にどの程度の影響を与えたものかはわからないが、どのような経緯で違反物質を摂取したにせよ試合前の検体である以上、試合そのものが無効となってしまう可能性が高い。
山中選手はキャリア最終章で、なんという試練に直面してしまったのだろうか。
ボクシングの神様が非常に思える。山中選手には周囲の雑音に振り回されず、プロボクサーとしての心身の状態だけを見極めて、身体を決して欲しい。
(試合について)作戦通りに戦えてよかった。作戦としては山中選手の左をかわすことだった。それに成功した。勝利を確信したのは3回の終わりから4回にかけて。山中選手のパンチから力がなくなってきた。山中の左はとてつもなく強く試合が終わってしばらく経っても効いている。
(勝利が決まった瞬間については)山中選手のチームが止めたのではなく、レフェリーが試合をストップしたと思った。たたみかける連打に山中選手が応戦してこなくなっていたから。
(今後について)パッキャオ、マルケスのような絶対的な強さを持った王者になりたい。そして無敗で引退したい。
(山中との再戦について)プロモーターに任せているけど、再戦なら(地元の)ティファナでやりたい。もう一回やってもまた勝ちますよ。