氷室京介 珠玉のバラードおすすめ20作品【1988-1997】

KJ
2018年7月21日、ソロデビュー30周年を迎える氷室京介。

「ビート系ロックヴォーカリスト」のイメージの強い彼ですが、ハスキーで色艶のある低音の歌声と圧倒的な表現力はミドル~スローテンポのナンバーで大人の魅力を放ちます。

この記事では、1988〜1997年の10年間に発表された珠玉のバラードナンバーの中から、20作品の名曲を紹介していきます。

是非一度聴いてみてください!

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KYOSUKE HIMURO BALLAD 1988 – 1997

DEAR ALGERNON


[1st Album FLOWERS for ALGERNON -1988]

親愛なるアルジャーノン。優しさには出会えたかい?温もりには出会えたかい?うん、きっと君も僕と同じだね。

ダニエル・キイスの名作SF小説「アルジャーノンに花束を」に登場する、ハツカネズミのアルジャーノンへのレクイエム。
主人公チャーリィ・ゴードンが自身の分身とでもいうべきアルジャーノンに問いかけながら、その姿に自身を重ね合わせて想いを吐露していく。そして、氷室京介はアルジャーノンとチャーリィに、周囲とうまく馴染めない自身の姿を投影し、痛みや孤独を吐露する多重構造の作品となっている。聴くたびに裸の魂を鷲掴みするような手触りのある傑作。アコースティックギターに泥臭さを帯びたメッセージ。ソロならではの試みと言える。

ALISON


[1st Album FLOWERS for ALGERNON -1988]

深夜。1週間ぶりに再会した男と女。月明かりの下、車を停めて抱き会う2人。女の耳元で、ようやく知った愛の感情を囁く男。喜びと戸惑いに、頷くのがやっとのAlison。互いの愛に救われ、二人は夜に溶けていく。

DEAR ALGERNONと同様「アルジャーノンに花束を」に登場する、チャーリイ・ゴードンとアリス・キニアンのクライマックスに対するオマージュ。
劇的なシーンをありふれた情景に落とし込みつつ、誠実で安らぎに満ちた幸福な世界観に染め上げる氷室京介の表現は素晴らしいの一言。「DEAR ALGERNON」と併せて、ぜひとも「アルジャーノンに花束を」の読了後に聴いてほしい作品。キャリアを通じた初の正統派バラードであり、ソロ初期の名曲。

アルジャーノンに花束を〔新版〕 – ダニエルキイス & 小尾芙佐

MISTY〜微妙に〜


[4th Single -1989]
「カネボウ」’89秋のプロモーション・イメージソング。

恋人のいる美しい女性に感じた、霧のかかったような微妙な恋心。その予感を信じたなら、あとはもう奪い取るしかない。

恋愛に対して肉食系の男性像も、氷室京介が歌えば不思議と嫌味が無い。逆に言えば、”King of rock”氷室京介にしか許されないラブソングかもしれない。氷室京介らしさを排除しようとするコード進行。氷室京介らしい転調。名刺代わりのシングルでも、新たなチャレンジを忘れない。

LOVE SONG


[2nd Album NEO FASCIO -1989]

瞳に映る星空を、その微笑みを、いつまでも忘れないでいて。人生はあの空のようにどこまでも続いていく。そして、君は愛されている。

そのタイトルからは「女性へ向けられた愛の歌」を想起させるが、その対象は「子供」や「子供だった全ての大人達」に向けられている。ベルリンの壁の崩壊という激動の時代を駆け抜けた氷室京介の愛は、以降もずっと世界へ向けられている。

LOVER’S DAY


[5th Single JEALOUSYを眠らせて -1990]

忘れ難い恋人との記憶。巻き戻せない後悔。あり得ない期待。向き合えない現実。

男なら誰もが一つは持っているであろう苦い失恋の思い出も、氷室京介が歌うと情けなさや惨めさといった弱い自分を超えて「本気で愛していた証」として過去を肯定できそうな気がするから不思議だ。

メロディーラインがあまりにも秀逸。最高のラブソングの1つ。

VELVET ROSE


[3rd Album Higher Self -1990]

恋人に遊ばれ、傷付いた女。寄り添う友人の男。カラダは濡れても、ココロは孤独と悲しみに渇いたまま。せめて今宵、一滴の潤いを。

抑制の効いたロートーンで歌われるメロディーライン、シンセサイザーとベースにフルートが流麗に絡み合うアレンジメント、そして突然盛り上がるギターの情熱的なサウンド。こうしたシチュエーションにおける男の「理性的な心境と野生的な劣情」を見事に表現している。ある意味で怪作と言っていい作品。

STORMY NIGHT


[3rd Album Higher Self -1990]

嵐の夜。それはまるで、二人に訪れた出来事のよう。荒れ狂う風雨と同じように、今はただ抱きしめあい、すべてを忘れて眠るだけ。他に出来ることなど何もない。

大人になって様々な経験をすれば、やがて傷ついた心は肉体を重ねることでも癒すことができるのだと知る。まるで氷室京介はそれを知り尽くしているかのようだ。甘く切ないヴォーカル、劇的なメロディーライン、男女の物語を見事に切り取った歌詞。こうしたシチュエーションを歌うバラードの、一つの完成系と言っても過言ではない。エンディングのドラムロールが、ここからまた歩み始める二人の行進曲なのだと連想させ、重要な「救い」となっている。最初から最後まで感動的な構造を持つ作品。

MOON


[3rd Album Higher Self -1990]

月から見る地球には1つの世界が広がっているだろう。月から見る世界には国境も政治も思想も人種も性別も無いだろう。それなのに紛争や差別の絶えないこの星を見て、月は悲しんでいるに違いない。いつの日か1つになれるまで、どうか見守っていてほしい。多くの人々の願いは1つだから。

天安門事件を悲しんだ氷室京介が作詞家・松井五郎氏と綿密な意見交換を経て産み落とした作品。どこまでも優しいメロディーと強い意志を感じさせるヴォーカルが美しも切ない名曲。あの頃からこの世界は何かが変わっただろうか?

GOOD LUCK MY LOVE


[8th Single -1992]

最愛の女性と過ごした日々と向き合い、自分の過ちや弱さを受け入れ、新たな夢や恋に進もうとする心境へ。

「LOVER’S DAY」の発展形と言える作品。楽曲はテンポも増して前向きな印象を受けるが、歌われている詞世界には痛みを感じずにいられない。氷室京介のラブソングには、「人間の弱さ」という通底するテーマがあるように感じられる。

YOU’RE THE RIGHT


[9th Single KISS ME -1992]

心を求めれば求めるほど、器である身体=存在をいつも傍に感じたくなるもの。求めていたのは貴女の全て。それに気付かないまま、心ばかりか貴女そのものを失う。全てが終わって初めて気付いた本当の気持ち。きっと初めから知っていた貴女の決断は正しい。

このシングルに収録される2曲はキスに纏わるラブソング。「KISS ME」が”心を奪う復縁のキス”ならば「YOU’RE THE RIGHT」は”心を縛り付ける別離のキス”だろうか。女性は心と身体を切り離さないが、男性は身体を欲望から避けるように分けて考えがちだ。それが間違いだと気付くまで。そんな男性の未熟さが切ないラブソング。

RAINY BLUE


[4th Album Memories Of Blue -1993]

夜明け前、雨がガラスを叩いている。君の何度目かの裏切り。止まない雨と涙。ずっとそばにいてほしい。そのためには、全てを受け入れられる優しさがほしい。もう、何も言わないで。全てを時に委ねて眠ろう。この雨も、そして君も。

氷室京介のソロ初期のラブソングの中でも「現在進行形の割り切れない想い」との葛藤を歌う楽曲は珍しい。切なくも美しいメロディとピアノの旋律が、主人公の涙と降り続く雨の重なりを見事に表現している。ただ、ストリングスアレンジはもっと他にも表現があった気がしないでもない。

クライマックス。まだ確かにある愛しさと諦めにも似た感情を氷室京介の歌声は完璧なほど的確に表現している。

FOREVER RAIN


[5th Album SHAKE THE FAKE -1994]

雨が遠い日の記憶を呼び覚ます。愛すれば愛するほど、苦しくて悲しかった夏の思い出。流した涙は、この雨のように降り続いた。雨音は強まり、やがて全ての音と記憶の情景を飲み込む。残ったのは痛みの和らいだ優しい記憶。それは幻だと知りながら、その懐かしい心地良さの中で、再び深い眠りに就く。

オーケストラアレンジは重厚で、不快な夏の暑苦しさと不快な夏の苦い思い出の煩わしさをよく表現している。氷室京介の歌声も憂いに満ちており、ただのロックシンガーの枠には収まりきらないスケール感を見せつけている。BOØWY時代から彼を追う古参ファンの間からは「やりすぎ」「ロックじゃない」と評判の悪い作品だが、自分は素直に「カッコイイ」と思った。この時期の氷室京介は楽曲制作に迷いが生じていたことを告白しているが、後に改めて聴くと以降の楽曲に繋がる確かな基礎となっている事に気付くだろう。その意味でも、外すことのできない作品。

DON’T SAY GOOD BYE


[10th Single VIRGIN BEAT -1994]

人は失敗したことよりも、やらなかったことを後悔する。全てを捨ててでも、君だけを離さなければよかったのだろうか。答えはわからない。今はまだ「さよなら」が言えない。

氷室京介のポップセンス光るメロディーと、独身女性との不倫関係を描いた歌詞のミスマッチ。一聴して氷室京介らしいスタイリッシュなラブソングに仕上がっているが、その詞世界はあまりにもリアリティに溢れて胸を締め付けるようなキツい痛みを孕んでいる。彼らの表現力に思わず「氷室京介も松井五郎もきっと不倫経験者だ」と確信してしまう。大人のラブソング。

TRUE BELIEVER


[5th Album SHAKE THE FAKE -1994]

失った”何か”をもう一度探して見つけたとしても、それは同じ”何か”ではない。傷ついてもいい。ただ自由な未来だけを求めていたい。

メロディーの美しさが際立つ作品。言葉だけを切り取れば失った恋愛を歌っているが、楽曲として聴くとどこか自分自身の歩んできた道程を振り返りながら、新たな人生の扉を開こうとする決意を歌っているように感じられる。氷室京介自身、この曲を最後にレコード会社を移籍し、拠点をロサンゼルスに移していることからも、その想いを強く感じさせている。賛否の別れたアルバムの中でも、誰もが絶賛した名曲である。

魂を抱いてくれ


[11th Single -1995]

在りのままの俺の背中を、魂ごと抱いて欲しい。そこにいるのは、お前を愛するただの男。

作詞家・松本隆との初共演ながら、全キャリアを通じてもこれほど氷室京介の生き様を映し出したものは無いのかもしれない。傷だらけになりながらも信念を貫いてきた男が、愛する人にだけで見せる無様(ぶざま)な姿。けれど、無様も積み重ねれば生き様となる。氷室京介の生き様の美意識を最も感じられる、ファンにとっても大切なバラード。

MISSING PIECE


[12th Single STAY -1996]

僕は探している。僕に足りないかけらの君を。君ではない、あの頃の君を。

米国の作家にしてイラストレータのシェル・シルバスタインの絵本「僕を探しに」「ビッグ・オーとの出会い」からインスピレーションを得た作品。人は誰しもが完全を求めながら、不完全な自分を愛している。人は誰しもが不完全だと諦めながら、本当は可能性に満ち溢れている。当時のアメリカン・ロックの音に急接近した意欲作。

WALTZ


[6th Album MISSING PIECE -1996] 「ダイドーブレンドコーヒー」CMソング。

この街で愛してた。この街で夢見てた。二人は確かにこの街にいた。

氷室京介自身が久々に書き下ろした歌詞が秀逸。ドラムの独特のグルーブに、氷室京介自身が弾くアコースティックギターの響きとピアノの旋律が跳ねて、この曲の世界観を美しく盛り上げている。氷室京介の全キャリアを通じて唯一の三拍子。

IF YOU STILL SHAME ME


[6th Album MISSING PIECE -1996]

約束もせずに、夢だけを追いかけ、夢だけを信じていた。それで良いと思っていた。それが二人の形だと。けれど君は、違っていたんだね。

「MISSING PIECE」という氷室京介の新境地を拓いたアルバムの中にあって、どこか懐かしさを感じさせる作品。それは詞の持つ未成熟な香りとビートルズっぽいコード進行によるものだろうか。時々聴こえてくるストリングスが、懐かしさに幻想的な印象を纏わせて、より美しい曲にしている。ヴォーカルも楽曲も完成された作品。

FLOWER DIMENSION


[7th Album I・DE・A -1997]

主観や常識を捨てることで見える世界がある。そうすることでしか見えない世界もある。そこでは全てを愛にだって変えることができる。

シュルレアリスムを意識した詞世界と八分の七拍子という変拍子のリズムによって、それまでの日本では聴いたことのなかったような音楽に仕上がっている。これを「バラード」というジャンルで紹介することには少なからず抵抗があるものの、個人的な好みと作品の完成度の高さから是非とも聴いてもらいたい一曲である。

堕天使


[7th Album I・DE・A -1997] 「ダイドーブレンドコーヒー」CMソング。

人間の女性の美しさに魅了されて、禁を犯して人間と交わった堕天使アザゼル。君を愛した今、彼がそうした理由がよくわかる。

松本隆の詞とスティーブ・スティーブンスのアレンジが楽曲に魔法をかけて、氷室京介を新たな高みへと押し上げた最高傑作の一つに数えられる作品。特にスティーブ・スティーブンスの多彩なギターは、いつも彼の左側に見えていた長身のギタリストの幻影を完全に払拭し、氷室京介の音楽を自由な世界へと解き放った。

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KJインプレッションズ

1988年7月21日。ミュージックシーンの頂点を極めたばかりだったBOØWYを解散し、1stシングル「ANGEL」でソロデビューを果たした氷室京介。以降、BOØWY時代とは異なる彼独自の音楽性を追求する冒険が始まった。その1つのテーマはバラードである。

BOØWYはそもそもスローテンポでヴォーカルを聴かせるようなナンバーが少なかった。ヴォーカルを前面に押し出すことも無ければ、テクニックを駆使したギターソロが際立つことも無かった。良く言えば4人の個性をバランス良くパッケージングしており、悪く言えばどこか互いを牽制しあっているようにも感じられた。その是非はともかく、王道のバラードが無かったことは事実だ。

よって、氷室京介はソロ活動の中でバラードを追求していくこととなる。BOØWYのようにスローなナンバーでさえタテにノッテしまうような楽曲ではなく、メロディアスなヴォーカルと壮大なグルーブに身を任せてしまえるような、王道のバラードである。

しかし、氷室京介のバラードは耳障りの心地好い惚れた腫れたの歌では終わらない。そこには常に、男の切ない弱さや魂の傷の痛みが内包されている。故に、氷室京介のバラードは男性の方がより共感し、支持していることが多い。

今回紹介した20曲は、ソロデビューの1988年から1997年にリリースされた作品である。BOØWYの勢いをそのままにミュージックシーンを駆け抜けた前半から、ヒットチャートと決別して自身の求める音楽へと注力し傾倒していった後半。その変化を如実に表しているのは、ビートロックナンバーよりもバラードナンバーであろう。

彼の名曲の数々を心往くままに堪能しながら、音楽性の変化を感じ取ってもらえれば幸甚である。

尚、次回は1998年から2017年前の20年間にリリースされたバラードナンバーにフォーカスしていく予定。乞うご期待。

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